2022年10月、給与をデジタルマネーで支払う制度の導入を盛り込んだ労働基準法の省令改正案が了承されました。
これにより、2023年4月から、企業は給与をデジタルマネーで支払うことが可能になりました。これは制度が大きく変わるというより、現金支払いや銀行口座等への振り込み以外にデジタルマネー支払いが1つ増えるという事になります。
そもそも給与の支払いについては、労働基準法によりその方法が定められています。
賃金支払いの5原則
通貨払いの原則
賃金は「通貨」で支払わなければいけません。個々の「労働者の合意」がある場合は、銀行等の預貯金口座への振り込みが可能です。
直接払いの原則
賃金は直接労働者に支払われなければなりません。
全額払いの原則
賃金はその全額を支払わなければなりません。ただし、所得税や社会保険料など法令により賃金控除が認められているもの、社宅料や積立金などあらかじめ労使協定で取り決められたものについては、賃金から控除することができます。
毎月払いの原則
賃金は毎月少なくとも1回は支払われなければなりません。
一定期日払いの原則
「毎月25日」のように、期日を特定して賃金を支払わなければなりません。なお、退職金などの「臨時に支払われる賃金」や「賞与」などについては、その性格上、例外として認められています。
この5原則の「通貨払い」について、「現金支払い」「口座振込」に加えて、「デジタルマネーでの支払い」ができるようになります。
給与のデジタル払いとは?
給与のデジタル払いとは「資金移動業者」が管理する本人のアカウントにデジタルマネーで給与を振り込むことです。つまり、企業が銀行等の口座を介さず、スマートフォンの決済アプリや電子マネーを利用して支払うことができる制度のことです。
キャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進む中で、資金移動業者(○○Payなど)での給与支払いについても一定程度のニーズがあることが判っています。
これを踏まえ、使用者が労働者の同意を得た場合に、一定の要件を満たすものとして厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者を利用しての賃金支払(いわゆる賃金のデジタル払い)が実現することとなりました。
今後の流れ
2023年4月~
資金移動業者が厚生労働大臣に指定申請、厚生労働省で審査(数ヶ月かかる見込み)。指定資金移動業者一覧として公表。
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大臣指定後【デジタルマネー払い導入の実務】
① 給与のデジタルマネー払いの決定
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② 就業規則等の改定、労使協定の締結等の体制整備
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③ デジタルマネー払いの説明、労働者の同意、口座情報の収集
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④ 希望者に給与をデジタルマネーで支払う。
「PayPay」が賃金のデジタル払いが認められる資金移動業者に指定されました
令和6年8月9日、厚生労働省は賃金のデジタル払いを行う初めての事業者として「PayPay」を指定しました。
令和6年内にサービス開始予定とのことです。
ポイント
労使協定が必要
給与をデジタル払いにするには、まずは労使協定を締結しなければなりません。
デジタル払いの対象となる労働者の範囲や、取扱指定資金移動業者の範囲等を労使協定で定めます。そのうえで、労働者の個別の同意を得る必要があります。
デジタル払いは必ず実施しなければならない?
賃金のデジタル払いは、賃金の支払・受取の選択肢の1つです。
労働者が希望しない場合は賃金のデジタル払いを選択する必要はなく、また、使用者は希望しない労働者にデジタル払いを強制してはいけません。
給与の一部をデジタルで受け取り、残りを銀行口座等で受け取ることも可能です。
ポイントや仮想通貨などでの支払いもできる?
現金化できないポイントや仮想通貨での賃金支払は認められません。
給与のデジタル払いは上限100万円
そもそも資金移動業者のアカウントで保持できるのは100万円までなので、100万円を超える給与額のデジタル払いはできません。100万円を超えた場合は、あらかじめ労働者が指定した銀行口座などに自動出金されます。
資金移動業者口座は「預金」をするためではなく、支払や送金に用いるための一時的なものであることを理解した上で、それに見合った受取額の設定が求められます。
口座残高の現金化も可能
ATMや銀行口座などへの出金により、口座残高を現金化(払い出し)することも可能です。
少なくとも毎月1回は、労働者の負担手数料なく指定資金移動業者口座から払い出しができます。
指定資金移動業者が破綻したら?
万が一、指定資金移動業者が破綻した場合には、保証機関から速やかに弁済されます。
メリットとデメリット
給与のデジタル払いを導入することにより、例えば外国人労働者のような銀行口座開設へのハードルが高い従業員への給与支給方法として、デジタル払いという選択肢が広がります。
給与のうち一定額を「QRコード決済や電子マネーでの支給を可能としてほしい」というニーズにも応えることとなります。
企業側のメリットとしては、振込手数料の削減や、社会の変化・多様化に対応している企業という企業イメージの向上が挙げられます。
一方で、「給与の一部をデジタルで支給してほしい」という従業員は多くても、給与の全額をデジタル化することを希望する従業員は少ないと思われることから、デジタル払いと銀行振込の二重運用が発生したり、システム連携費用や事務負担が増えたりするデメリットも考えられます。
また、企業側と従業員側ともに資金移動業者のセキュリティ面に対する懸念もあるようです。
セキュリティ面ではデジタルマネーは運用実績がまだ少ないので想定外のシーンなども起こる可能性があります。
今のところ企業側のデメリットやリスクも少なくないと考えられ、給与のデジタル払いはすぐには拡がらないかもしれません。
しかしながら、社会全体のデジタル化が今後ますます加速していくことは事実であり、企業はメリット・デメリットをよく理解したうえで、この変化に対応していく必要があるでしょう。